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糖尿病の歴史→紀元前1500年のパピルスに記載されていた!

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今回は、糖尿病という病気の歴史を紹介しよう。糖尿病は古くから人間に認知されており、紀元前1500年ごろに書かれたと推定されているエジプトのパピルスに糖尿病に関連する病状の記載があるという。紀元前600年ごろのインドの医学書でも糖尿病について書かれており、しかも運動療法が有効な治療法であると述べているというから驚きだ。

 紀元前2世紀ごろ、カッパドキア(トルコ)に住んでいた医師アレテウスは糖尿病について「肉や手足が尿の中に溶け出してしまう。経過はどの患者も同じで、腎臓と膀胱(ぼうこう)が侵される。患者は水を作ることを少しの間もやめず、水道の口から流れ出るごとく絶え間ない。病気は慢性で一定の形を取るまでに長い時間がかかるが、いったん病気が完成されてしまうと患者は短命である。溶け出しは急速で死もまた早い……」とノドの渇き、多尿から昏睡(こんすい)死に至るまでの糖尿病の病像を驚くほど的確かつ正確に記述している。

 中国では3世紀、後漢の時代に、古代ギリシャの医聖ヒポクラテスにも相当するとされている張仲景という人物が「傷寒論」を編集し、その中で糖尿病を「消渇(しょうかつ)」という病気名で記載している。

 さらに張仲景は「傷寒論」の中で糖尿病(消喝)の治療法についても言及し、「腎気丸(じんきがん)之れを主る(現代の八味地黄丸(はちみじおうがん)が有効である)」と述べ、生薬の処方についても言及しているという。

 日本でも、平安時代の892年に編集された「医心方」という書物で糖尿病(消渇)について言及されている。

 日本人で有名な糖尿病患者第1号としては、平安時代の貴族で有名な藤原道長(966―1027)があげられるだろう。当時の日記「御堂関白記」、「小右記」から藤原道長は糖尿病で白内障、または糖尿病網膜症を合併症として発症していたと推定される。

 平安時代というと、一般庶民はきわめて貧しい食生活で、農業などの重労働に従事していた。しかし、藤原道長のようなトップエリート貴族は、豊かな食生活を楽しみ、宴会もしばしば行われ、酒(現在の濁り酒)も当たり前のように飲まれていた。

 一方、当時の男性貴族の束帯(そくたい)(公式の行事で着用する制服)、直衣(のうし)(通常服)、女官の十二単(ひとえ)(晴れの装束)は極めて動きにくく、非活動的なもので運動不足を誘発するものであった。

 藤原道長の家系は、長兄(道隆)とおい(道隆の長男伊周(これちか))はいずれも糖尿病患者だったと推定されている。藤原道長はこのような遺伝的要素に加え、暴飲暴食、運動不足、権力を勝ち取り維持するというストレスなど後天性かつ生活習慣性要因も加わり、糖尿病になり、合併症までも発症していたものと思われる。このように糖尿病は古い時代から認知された病気なのである。

今、何位でしょう?

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